母親のこと

タイムリーにこの記事が流れてきたので、少し考えたことを書いておく。 「毎日16時に「認知症の親」が徘徊する深い理由」酒井 穣 2018年02月02日 http://toyokeizai.net/articles/-/206886

先月、母親が数年かそれ以上の認知症の末に死んだ。

兄も僕も 1989 年くらいに家を出ていたので、長い間夫婦二人での生活のあと、認知症を発症し、父親がそれによるトラブルに対応しきれなくなって数年前に完全介護の施設に入れていた。
僕は実家から離れて以来、彼らとはほぼ断絶していた。というか父親はほぼすべての親族から絶縁されている状態で、僕が絶縁状態であることに恐らくほとんどの人は疑問が無いと思う。

僕自身かなり人格的に歪んでいることに疑念は無いが、ただ子供の頃から父親の周辺状況を見ていると、彼(父親)から自分が絶縁されないとはとても思えない、と思い続けて暮らしていたので、自身が収入を得ることが出来るようになってどんどんと距離をあけて絶縁状態になっていくことに疑問は無かった。

母親の性格というか来し方というか人間性には若干の疑問はあったものの、それほど毛嫌いするようなところはなかった。ただ父親から距離を取るために彼女からもセットで離れざるを得なかったのは仕方が無い、と考えていた。
何年か掛けて、僕は結局彼らからは完全に離れてしまった。
生活圏としては 5km 程度しか離れていなかったが、接触することはなくなってしまった。

母親がアルツハイマーであることを聞いたのはもう 10 年ほども前だと思うが、その時は、ああ、そうなのね、と思ったくらいだった。出来る事は殆ど無いし、僕自身、彼女の状況が悪くなっていくこと自体に感傷的なことは何もなかった。
いわゆる他人事、という感覚だったと思う。
彼女はそのうちに人を認識しなくなり、よく通っていた兄貴がわからなくなった。そのうちに父親もわからなくなった。彼らはそれを嘆いていたが、僕はやはりああ、そうなのねと思ったくらいだった。
実際そう言われて施設を訪ね、自分自身が母親からどなたさんでしたかいなと言われても、ああ、そうなのねと思っただけだった。

年に一度か二度ほどしか施設を訪ねることは無かったが、年末だか年始だかに、もうそろそろ危ないから、と言われて覗いたとき、彼女はもはや誰を認識する、とかいった状態ではなく、そもそも対人的な反応をすることはなくなっていた。
ただ車椅子でボーっと座っているだけだった。声を掛けても反応は無く、茫漠として視線も虚空を見つめるのみだった。

恐るべき事はそれに対して僕がやはり、ああそうなのね、と思っただけだ、ということだ。

そのまま数日して彼女は危篤状態になり、二日ほど、一日何時間かずつ、彼女が睡眠時無呼吸症候群のような呼吸を続けている状態を見続けたりしたが、その時も同様にまあこのまま死ぬのだろうと思っていただけだった。 (多く同様ケースを看取ってきたであろう看護師さんに状態を聞いたりはしたが、単に何が起きているのかが知りたいだけで、感傷的なことを増幅するためではなかった。)

二日目の夜に帰って、未明に見回りの看護師さんからの連絡で呼び出されて亡くなったことを聞き、そのまま施設に向かって後のことをやった。彼女は暗闇の中で誰にも看取られずに息を引き取り、巡回の看護師がそれを発見したことになる。そうなる可能性が高いことが分かっていたのに、僕はそのままそうした。(父親も兄貴もそうするというし、僕はそれにまったく疑問が無かった。)

冒頭に取り上げた記事について、そこに付けられたコメントも含めて読んだが、自分自身の精神がそこに示されていた感覚からほど遠いところにあることを強く感じる。子供の頃から「協調性が無い」「人の気持ちが分からない」と言われ続けてきたし、いまでもそうだろうなあと強く思っている。

今回の母親が死んだ件でも、死んだ時のことだけでなく、それまでの痴呆症が進行していく 10 年ほどの間のことを思い出しても、僕自身がとても薄情なのだろうなあと思うばかりだ。
僕は自分の父親から(自己防衛のために)距離を置くことを目的として、自分の母親を自分から切り離すことにほとんどなんのためらいも無かった。その結果、彼女が老いていく過程に一切関与することが無い状態になってしまったが、今となっても全く何の疑念も(後悔も)無い。

先日このことで久しぶりに会った父親も相当に老いていたが、自分の態度が変わることは無いだろうと思う。つまり今回の母親の件と同じような関与度の低さと、後悔といった一連の感傷の低さでそれに向き合うのだろうなあ、と思う。

彼が何かの原因で近年のうちに死ぬというきざしはない。ただ、それが見えたとしても、まあ、このままだろうなあ、と思う。

僕が自分の父親に対する態度を決めたのは十代の後半から二十代の頭くらいか。三十になる前までは一部保留していた部分もあるが、あるとき、対話の中で、やはりもうこれは断絶するのがよいのだろうと判断して、そのまま二十年以上が経った。

一度決めたことは変えられない。

自分の子供がそろそろ十代後半に入る。僕にとって彼が感情的に重要な存在かどうか、僕には分からない。試してみなければ分からないだろうが、試したいとも思わない。ただ今回母親の件で試された僕の人間性は、恐らく多くの人よりは遥かに非人間的というか、孤立している(らしい)、ということだった。自身の父親が(少なくとも周囲からは)強烈に断絶されている人なので、その尋常では無い(らしい)人間から距離を置くために自分自身が尋常で無い(らしい)対人距離感を持っていることは自然と思えなくは無いが、まああまり良い話じゃないなあ、と思う。

こういう人間は家族を持つべきでは無いのかも知れない。 と思ってしまう。



Yutaka Yasuda

2018.02.06