映画監督のこと

僕は映画を時々見る。特にそう映画が好きだと言うわけでもないと思っているのだけれど、それでも一年で20本以上は劇場で見ると思う。僕が劇場で最初に見た映画と言うのは何だったんだろう。恐らく子供向けの東映動画かなんかだと思うのだが、僕が強く覚えている映画の一番古い記憶は、家族で見に行った「タワーリング・インフェルノ」だ。これは結構今でも覚えている。

劇場で見るのは良い。ブラウン管で見る映画は凄く詰まらない。やっぱり解像度が全く違うのだ。今のハイビジョンなら良いかというとこれも駄目だ。ハイビジョンは元々開発当時の16mmカラーフィルムと同等の品質を得ることを目標に始めたそうだと聞く。しかしそれから化学関係では大変化があって映画フィルムの絵の品質そのものが大きく進んでしまい、ハイビジョン開発当時から随分と良くなってしまって結局16mmフィルムですら今のものならばハイビジョンよりは遥かにきれいだという事になってしまった。

最近では大林信宣監督の映画「ふたり」はハイビジョン編集などが行われたようだが、それと自分で撮影した16mmカラーフィルムの上映と比べてみれば、やっぱりフィルムがいいなと納得してしまう。僕はひょっとするとフィルムの絵の質そのものにひかれているのかも知れない。

最近気に入っている映画は黒沢明監督の活劇だ。僕は日本の映画は余り見ない方で、黒沢映画も殆ど見ていない。中学生のときに「影武者」のロードショーをこれまた家族で見に行った位だ。その後に作られた最近の黒沢映画は今でもまだ見たことがない。

しかし2年くらい前に「7人の侍」が配給期限切れの最終上映となって京極の弥生座の地下で見て以来、黒沢映画を少しずつ見ることになった。この時の弥生座での興業もRCSだったと思うが、それからRCSが経営する九条大宮のみなみ会館で「天国と地獄」「酔いどれ天使」「椿三十郎」「7人の侍」「続・姿三四郎」「羅生門」「影武者」などを見た。ビデオで「隠し砦の三悪人」「用心棒」なども見た。僕にとっての黒沢映画は活劇に尽きる。「7人の侍」「用心棒」「椿三十郎」「隠し砦の三悪人」が良い。活劇とは言えないだろうが「天国と地獄」も良い。もう10年以上も前にテレビ放映で「生きる」などを見たけれど、さすがに全然面白くなかった。まあ中学生くらいだから当たり前か。しかし今でも活劇が良いと思う。この位急転直下の展開を見せる監督と言うのは他にはジョージ・ルーカス、宮崎駿などしか見あたらない。そう言えばルーカスは黒沢明に心酔していた一人だったのではないか。

他にも気に入っている監督がいる。デビッド・クローネンバーグなどはその一人で良く見る。彼の映画は良いのだが余り人に薦められないものが多い。その中でも「デッド・ゾーン」は珍しく文句無く人に薦められる作品だ。次には「戦慄の絆」が良い。主演のジェレミー・アイアンズも良かった。クローネンバーグもRCSが何年か前に弥生座の地下で旧作を一挙上映してくれて、喜んで見に行った憶えが有る。逆に最近作「M・バタフライ」は全く詰まらなかった。このお気に入りの「デッド・ゾーン」はクリストファー・ウォーケンが主演していて、これがクローネンバーグ映画の寒々とした雰囲気にマッチしていてよかった。クリストファー・ウォーケンと言えば僕は「ディア・ハンター」を挙げたい。ロバート・デ・ニーロ、メリル・ストリープと共演だったが、ウォーケンの研ぎ澄まされた印象が目に残る。

ジェレミー・アイアンズに引かれて「ダメージ」を見たが、これが結構良かった。しかしそれは共演のジュリエット・ビノシュの存在が大きい。彼女は自分の中に落ちて行きそうな危なげな女性を演じていたが、これが非常に気に入ってしまった。結局クローネンバーグの映画も「ダメージ」のビノシュも、僕は自分の中に落ちて行きそうな、自分の中のたった一つの真実に向かって吸い込まれて行くような感覚が好きなのかも知れない。

そういう意味では監督も役者も憶えていないが「アルタード・ステイツ」が僕には忘れられない。この映画の一般的な評価は知らないが、果して記憶のある方はどれだけいるだろうか。

僕はぐうたらな性格で、何をするにも事前に情報を集めない。当然映画も行き当たりばったりに見ることになる。それで気に入った監督、俳優を見つけたら後はその線をたどって見るという訳だ。劇場でやる映画の予告フィルムで次に見る映画をさがすと言うこともする。それ以上の情報は集めないで劇場に行くのだ。観光地に行って事前に見たガイドブックの内容の確認をして回っても詰まらないし、富士山に登って写真ばかり撮ってその目に焼き付けて帰らないのは馬鹿だと思う。こんな風だから勢い僅かの監督、俳優に偏る事にもなりかねないが、逆に新しい方向への転換があって面白いものだ。

小説を選ぶときも僕はそうしている。つまり一人の作家を追いかけるように読むが、作品の最後に大抵付いている解説に上がってくる作品を追いかけてまた読むと言うわけだ。そうやって「ドグラ・マグラ」から「押し絵と旅する男」、「眠れる美女」への流れを追いかけたりもするのだ。そう言えば「ドグラ・マグラ」は映画化されたがこれは見に行かなかった。「押し絵と旅する男」は先日見たが全く詰まらなかった。「眠れる美女」はまだ映画化されていないと思うが非常に映像化して欲しいと思う。

科学好きの僕としてはSF映画も良く見る。「火星年代記」「恐竜百万年」なども見たが、やはり未来映画と来ればリドリー・スコットの「ブレード・ランナー」を挙げない訳には行かない。スコットもさることながらシド・ミードのデザインも素晴らしい。残念なことに僕はこれをロードショーで見損なってしまった。ロイ・シャイダー主演の「ブルー・サンダー」と同時期に封切りで、僕はどっちにするかと考えて「ブルー・サンダー」を選んでしまったのだ。事前に情報を仕入れない恨みがここで出たと言うことだろう。ハンス・ギーガーがデザインをやっていた「エイリアン」も良かった。当時僕は中学生だったと思うが、劇場では遂に見なかった。

他に「アビス」なども良いが、僕はここでテリー・ギリアムの「未来世紀ブラジル」を挙げたい。彼は他に「バロン」なども作っているが、やはり「未来世紀ブラジル」は圧巻である。何年後に見ても色あせない別世界の未来がそこにある。大抵の未来映画は「スター・ウォーズ」なども含めてその未来描写が詰まらなくなって行くものだけれど、我々の未来を今からの予測を元に描くのではなく、未来そのものを創造してしまえば何年たっても陳腐化しない未来描写が出来る。「未来世紀ブラジル」はそんな映画の一つだと思う。「ブレード・ランナー」「エイリアン」もそうだと言える。

その様な未来を描ける監督としてスタンリー・キューブリックを挙げておこう。キューブリックの映画なら僕は「シャイニング」が好きなのだけれど、未来映画としてはやはり「2001年宇宙の旅」「時計仕掛のオレンジ」であろう。これらを見れば、共に古い映画なのにいまだに近未来の出来事を描いているような感じを受ける。監督を忘れてしまったが、アニメーション映画で「オネアミスの翼」というのがあった。未来描写には見るものがあったと思うし、映画としても素晴らしく良かった。完成度も高かったと思う。

アニメーション映画についても挙げておこう。僕にとってのアニメーションはやはり東映動画だと思う。「長靴を履いた猫」は何度見ても良い。当時の東映の絵描きだった宮崎駿が監督した作品は大抵良いが、その中でも「カリオストロの城」は素晴らしい活劇だ。残念なことにこれだけはロードショーを見逃してしまった。どういうわけか世間では「風の谷のナウシカ」の評価が高くて僕には気に入らない。「ナウシカ」は原作の方が遥かに良いし、映画としての完成度を考えれば「天空の城ラピュタ」の方が良い。

ディズニーのアニメーションも良く見る。「ファンタジア」「バンビ」も素晴らしいと思うが僕は最近見た「美女と野獣」が凄く気に入っている。特にオープニングで主人公が歌いながら街の中を通り抜けるその姿をずっとフォローし続ける長い長いワンカットはアニメーションでしか出来ない表現で、しかも非常に美しい。アニメーションを見ない映画好きな人には一度で良いから見て欲しいシーンだ。

僕はアクション映画を見ることは少ないが、リュック・ベンソンの「ニキータ」は良い。ベンソンの映画は他にも「グレート・ブルー」や「サブウェイ」などがあり、それぞれに良いがやはり「ニキータ」が最も印象が強い。

ちょっと古い映画ではジュディ・ガーランド主演の「オズの魔法使い」やオーソン・ウェルズ監督主演の「市民ケーン」は良かった。誰もが良いと言うのでここで挙げるのも何だが「ベン・ハー」は初めて見たときにショックを受けた。この映画はいまだに劇場で見たことがなく、そうこうしているうちに上映できる劇場がほぼ無くなってしまって非常に残念に感じている。アンジェイ・ワイダの映画も幾つか見たが「灰とダイアモンド」「地下水道」辺りが良いと思う。

結局ばらばらと印象に残る映画監督とその作品を挙げただけになってしまった。映画は歌舞伎やオペラと同じく総合芸術だと良く言われるが、僕にとっては主として光と影が織り成す映像、そしてカット割りによる演出、この二つの芸術だと思う。前者の意味ではエイドリアン・ライン、リドリー・スコットなどが良い。ちょっと違う感覚だが鈴木清順も「チィゴイネル・ワイゼン」に限っては良いなと思う。僕が上に挙げた映画のほぼ全ては多かれ少なかれ映像表現的にそういう偏りがあると思う。

後者の意味では市川昆さんも気になるものが有るが、スタンリー・キューブリックなどが面白い。ある意味では映画は撮ったフィルムを切れば切るほど、削れば削るほど良いものに仕上がると思う。

数年前にひょんな事から16mmのカメラを手に入れてしまった僕は、映画を作ることをまた始めた。毎年一本ずつ撮影しては作ることそのものを楽しんでいる。高校生の頃友達などが8mm映画などを作ったりしていたが、僕は横で見ている程度にしていた。今から考えるとどうして自分でやらなかったのか不思議な位だが、映像や演出に多分な興味がある癖に人間の演技に興味がほぼ全く無かった僕は、恐らくアニメーションを作る方に傾いていたのだろう。結局立体的なカットを描く才能が殆ど無いと判って諦めてしまったが。

ところで16mmのカメラは手に入ったのだが編集機がない。そもそも音は光学式だから自分で入れることは殆ど出来ない。結局無編集のサイレントと言う構成になるのだが、演技をする方も撮る方も一発勝負で却って面白い。映写機もないという無い無い尽くしだが、何とかビデオに落すことを考えている。

ともあれ、映画は面白い。



Yutaka Yasuda

1994.10.00 (unknown)