スピード頂戴、スペース頂戴

さてここで私のMacには再び大きなギャンブルの時がやって来た。何とRadiusのアクセラレータの中古を貰える事になったのだ。知り合いの友人がハワイで、ある通信販売店の移転に伴う不要品売り出しでアクセラレータボードを引き取ってきた。それはSE用でメーカーはRadiusらしい位しか判らないと言う。とにかくそのボードを私の手許に送って貰って、良く見てみると16MHzの68020と68881が載っている。むき出しのボードが導電プラスティックの袋にくるんであるだけで、それが果たして動くものなのかどうか判らない。それどころかこれをSE Busに差し込んで電源を入れた場合「プチッ」と言ってMacそのものがお亡くなりになる可能性すらある。うまく行ったら十万円以上のものがタダ、失敗してMacのメインボードが壊れた場合6万円で修理。ええい、ままよ、私のMacは幾多の苦難をくぐり抜けて来たではないか。きっとこいつは非常にタフな奴なんだ、そう言い聞かせて近所のショップからアクセラレータ用のInitを分けて貰い、度胸一発突っ込んでみた。見事にアクセラレータは働き、今に至るまで素晴らしく速く、正しく動いている。

但し、FDHDとの相性は良くない。1.44MByteにフォーマットできないのを筆頭に、Apple File Exchangerもバージョンによっては使えない。これはアクセラレータのROMのバージョンが古いからだと、現在のRadiusアクセラレータのサポート先である日本パックリムの電話に出た営業の人は言う。新しいROMへの交換は古いROMさえ送り返せば行うと言うからなかなか感心していたら、料金が2万円だと言う。冗談ではない。この会社は海外取り引きが多いからアメリカとの荷物運送は日常的にトン単位で行っている。(と、かの営業氏が言うのだから確かだろう。)だとしたら高々ROMが二つ位タダみたいな運送料だ。するとアメリカでもこのROMのアップグレード価格は$100位でやっているのか?営業氏は殊更手間や運送料の事を強調するばかりで、本国での料金の事を言わない所を見るとそんなに高くは無いのだろう。そう考えてこの非常に高価なアップグレードは行わないことにした。アクセラレータは立ち上げの際にソフト的にキャンセル出来るので、アクセラレータを外した状態でFDHDをフォーマットしてストックしておき、Apple File Exchangerはバージョンを選んで使うようにしてこの問題を回避している。他にも若干の問題は出ているが、それほど致命的なものではない。ゲームすら幾つかは全く問題無く動いた。

現在のところ私のMacはこのような状態で動いている。今の不満はアクセラレータをつけた為に露呈したハードディスクの遅さと、スタックマガジンを購入したために爆発したディスク容量不足である。ハードディスクは平均シーク35msと現在のレベルからすると相当に遅い。当時はコストパフォーマンスの問題であきらめていたが、そろそろ80ないし100MByteで18ms辺りのものを購入する時だろう。そう思っていたら例のハワイに友人を持つ知り合いがアメリカではPLIのSyquestリムーバブルハードディスクが$700台だから一つ注文してしまったという。メディアも一枚45MByteで$80位だと言うから搬送料$45を入れても国内で買うより遥かに安い。ステップのマイクロネット製の同じSyquestドライブは13万円台だ。思わず私もその人に頼んで注文して貰った。メディアを2枚付けても$1000位だった。これは正月半ば辺りに送られてくるはずだ。戦争でも起きてドルレートが大変動しない限り(非常にそれが心配だが)13万円台で、もうバックアップや増え続けるファイル容量に悩まされる事は無い。

バックアップメディア:
現在の所バックアップメディアとしてはフロッピー、リムーバブルハードディスク、光磁気ディスク、テープ、そしてハードディスクそのもの等が利用されている。私の身の回りではこの全てが使われているが、私の経験上通常のファイルシステムが載らない(ランダムアクセス出来無い)物は駄目だからテープは失格。(テープはワークステーションのように非常な大容量の丸ごとバックアップを要求するシーンで利用されるだろう。)フロッピーは情報交換のためのメディアであり、容量と確実性(エラー率)の点で、もはやバックアップには適さない。既にフロッピーより大きなサイズのファイルが日常的になりつつあり、圧縮、分割などして保存するのはあくまで非常手段である。そこでリムーバブルハードディスク(高密度フロッピーディスク)が出てくる。光磁気ディスクもこの範疇に入るが、まだ主流と言えるフォーマットが確立していない上に非常に高価だ。3.5inchでないと個人利用には不便だが標準化されるまでにMacintoshの寿命がくる。その点SyquestドライブはアメリカでMacのリムーバブルハードディスク市場のほとんどを押えてしまったから、しばらくの間はサポート、メディア供給は保証される。PCの世界で標準にならずに消えて行ったコニカの10MByteフロッピーの二の舞にはならない。

ここまで書いてしばらくこの原稿を眠らせておいたら、その間にリムーバブルハードディスクが届いた。そして、世間では大きな事件が発生した。戦争が始まったのだ。戦争が起きる前兆があった辺りからVisaによるドライブ代の引き落とし当日まで、私はテレビにかじり付いて為替相場に注目した。しかし私にとっては幸いな事にドルレートは差して変動しなかった。それどころか一時的な円高現象が起きて、引き落とされた1月20日時点では1ドル132円台であった。本当ならば私は戦争によって金銭的な得をする筈だったが、何故か銀行からの明細には137円台の記載がしてあった。

実際には金銭的損得はなかったが、これは私に大きな教訓を与えた。即ち、日本の大抵の人にとっては戦争は人道的あるいは道義的な問題なのだろうが、海外取り引きのある人や為替相場を扱っている人にとってはこれは経済問題以外の何物でもない。アメリカやヨーロッパでは国際的な取り引きは日本より遥かに進んでいるから、彼の国の人々のかなりの部分にとっては今回の戦争(後に湾岸戦争と名が付いた)は自分自身の財布に直接響く問題なのだろう。当然大損をするから戦争が起きてはならんと思う人も居れば、逆に大儲けが出来るとわくわくしている人だって居るはずだ。これを不謹慎だなどと言う人はきっと自分の財布が絶対に痛まない立場の人なのだろう。一度試してみればよろしい。我々の道義的良心は非常に簡単に経済的欲望に負けてしまう。少なくとも私の場合はそうだった。それが日本人の標準では無い事を切に希望する。

ともあれ、正月の半ばにこのリムーバブルハードディスクは私の手元に届き、今のところ致命的トラブルも無く機嫌良く動いている。非常に高速で、安定している。ただ、ハードディスクへの書き込み不良が増えてきた。これは以前から出ていたものだが、最近その率が上がったように思う。その原因がアクセラレータにあるのか、リムーバブルハードディスクにあるのか、それともハードディスクそのものにあるのか良く判らない。調査のしようも無いので諦めてそのままにしている。計算機のパーツも長く使っていると、やはり色んな事が起きてくる。そのうえ周辺機器が増えるとなかなか融通が効かない。

そろそろ初めに買ったリムーバブルのメディアのうち2枚を殆ど使い切ろうとしている。スピードや容量などの線形に伸びる要素のあるものに対する要求は、いつでもそれらの現実を超えてしまうと言うのは本当だ。CPUはどれだけ速くなっても遅いと感じるし、ハードディスクはどれだけ大きくなってもまだ足りないと思う。今や私はアクセラレータは68030の33MHzは最低ラインだと感じているし、リムーバブルのメディアは100MByte位の容量で、一枚当たり5000円を切らなければ困ると思っている。技術の進歩がどんなに速くなろうとも、人間の欲望は必ずそれを上回る。我々はいつでも「もっと、もっと」と口をぱくぱくさせている。困ったものだ。


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