貧乏人は個人輸入する

私がMacを購入したのは1988年12月、勤めはじめて一年目の冬だった。学生の頃からMacは欲しかったが、その当時はMac Plusが398,000円と、到底学生の私に買えるものではなかった。まあ、いくら勤めはじめたからと言って、その状況が劇的に改善されるわけでもなく、やはり私にとってはMacは非常に高い買物だった。その貧乏人がMacを買おうと決めたのは友人「K」のアメリカ留学が原因だ。Kは私と同じゼミで、アメリカに数カ月留学したいが為に4回生を留年して休学した変わりものである。彼に留学先の生協でMacを学生割り引き価格で買ってきてもらうことにした。当時彼の国ではMac Plusを大学生協で$900位で売っていた。当時のドルレートが150円辺りだったから税金を入れても約17万円と、国内で買う半額で手に入るはずだった。この価格なら買えると判断して、KにMac Plus購入を依頼した。

税金:
アメリカで物を買うと州ごとに異なる間接税が掛かる。Sales Taxと呼ばれる消費税みたいなもの。ちなみに彼が買ってきたのはニューヨーク州で、10%近い税率だったと記憶している。この他にも何とか言う税金(州税)が課せられたと思ったがよく覚えていない。

Kの留学も残すところ一ケ月くらいとなった1988年の11月、国際電話で彼と連絡しながらいよいよMacを買おうとしたら既にその頃からPlusは生産を停止しており、生協はおろか電器屋へ行ってもPlusはもう無いからSEを買えと言う。当時SEは国内では598,000円と言う法外な値段で売られていた。彼の国でもキーボード別売で$1,900である。予算がいきなり倍になってしまったが仕方無くSEの最低ライン、1MByte RAM 2FDDを買うことにした。

国際電話:
国際電話を最も簡単に掛けるのは向こうに居る相手からコレクトコールで掛けて来て貰うことだ。電話に出ると向こうのオペレータが英語か何かで「ペラペラ」と言うから、訳が判らなくても「Yes」と言えばつないでくれる。私も最初のうちはこうしていたが、その月のKDDからの請求書を見て目玉が飛び出した。実はそれが最も高価な掛け方だったのだ。ここに至ってKDDのチラシを見て判断した限りでは、深夜にこちらから直接ダイヤルして掛けるのが最も安い。KDDを利用して掛ける場合は「001」に続いて相手の国番号(アメリカは「1」)、続いて相手の電話番号を回せば良い。当然向こうの人が出るから英語(など)で「ペラペラ」とか言う。あとは頑張って自分が話したい相手につないでくれるように伝えれば良い。外人(差別用語だな、これ)と話したことのない私などにとっては結構勇気が要るが、肝心なのは相手に自分の目標を伝えることだからと自分に言い聞かせて、余り相手の言うことを聞かないでひたすら自分の要求を繰り返すのだ。ちなみに私が使った英語は以下の三種類だけである(笑)。このやり方なら長話しなければ一回数百円で話せる。

Hello, This is Yasuda, from JAPAN. これを言うと急いでくれる時がある。
Please connect to K. もしもKが居ないようなら、
Tell him that, I will call again one hour later. こう言って一時間待つ。

ところで実際に買う段になって困った問題が二つ現れた。一つは輸入関税の問題である。あと一つはCOCOM輸出規制のことである。

輸入する際に関税が法外な率で掛かってしまってはわざわざ高いリスク(例えば輸送途中の故障、保証が効かない、日本語システムのサービスが受けられない等)を犯してまで、現地購入して持ち帰る価値がない。そこで大阪税関の相談係と言う所へ電話を掛けてじっくり聞いてみると、どうやらコンピュータ機器には輸入関税は掛からない様な事を言う。何やら「データを処理する機器云々」と、全く一般的でない用語を駆使した条文を読み上げた最後に「などには関税は掛からない」と言う。ほんまかいな?と思ったが何度聞いてもそうとしか思えないことを言うので正しいと信じることにした。しかしこれは本当か?だとしたら海外の製品を輸入販売して一儲けしようと考えたときは何でも良いから計算機の周辺機器のような振りをして輸入すれば関税はすべからくタダになってしまうのか?不思議な世界だ。

COCOM規制についても大阪税関の相談係で問い合わせると、あれは輸出規制だから輸入の際は問題にならない様なことを言う。ではアメリカから簡単に持ち出せるかと言うとそうでは無い。アメリカからの持ちだしチェック(空港で行うのかな?)の際にアメリカ商務省が発行した許可証が要ると言う。ではその許可証はどうしたら貰えるかと言うと商務省へ行って「この物品はCOCOM対象ではない国(例えば日本)に持って行く」事を証明するような証拠を使って書類を提出すれば良いらしい。そのような証拠など想像も付かないと言うと、その証拠用に通産省の方で「この物品は確かに私の国(日本)に持ってきます」と言う様な書類を発行してくれると言う。それを郵便で相手に送れば良いわけだ。ふむふむ、と思っていると、その通産省が発行してくれる書類を貰うには「この物品は確かにその国で買う(買った)のだ」と言う事を証明するものが要ると言う。ここへ来て私の頭はふっ飛んでしまった!おいおいこの話はどこで止まるんだ?ニワトリが先かタマゴが先か?アハハハ!しかしこの馬鹿話はここで終っていて、最後の証明は私がKに注文を依頼するような内容の電報ないしテレックスの写しで良い。何だ、それではCOCOM規制など個人輸入のレベルでは全くのザル規制じゃないか!しかし私は結局この常識外れな書類操作をせずに済んだ。何となればCOCOM規制は確かに当時16bitコンピュータに適用されたが、価格が$5000を割るものに関しては除外されていたからである。即ちMac II(当時$4000強)は危ないがMac SE,Plusでは問題なかったのである。(この辺り、少し情報が古いがThe BASICの1988年9月号及びMac Japanの1989年2月号を参照すれば良い。)現在では東西関係の変化によってこの条約も大幅に緩和された。調べていないので判らないが、恐らく16bitコンピュータに関しては問題なくなっているのではないだろうか。

こうして私は輸入関税とCOCOM輸出規制の二つとも問題でないと判断してKにGOサインを出した。彼は向こうで出来た知り合いに頼んで Mac SE を買った。そして一ヶ月ほど使った後、彼は私のSEを文字通り「持って」帰ってきた。向こうの税関では「これは何だ、テレビか?」と言われただけで、COCOM規制の話など出なかったそうだ。

X線:
私は出入国の際に空港で浴びるX線を非常に恐れていた。ある程度強いX線はマイクロプロセッサの内部を破壊すると考えたのだ。結局Macは出国と入国の際の二回、X線を浴びたが何の障害も起こさなかった。しかし私は今でもX線は問題を起こすと考えている。特に集積度の高いマイクロチップを多用したものや、省電力設計のものは危険率が高いはずだ。Mac SEはその点電気的にはタフなはずだ。各チップの集積度は低く、消費電力など気にしていない。それでも確率の問題だと私は考えている。私のケースは単に「ラッキー」なだけだったのだ。英語に自信のある人は空港でX線を当てずに済むような交渉をして見ると何とかなるのではないだろうか。


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