メディアがビットをただにするか?

経路の価格は経路以外の要素で決まるだろうか?

僕はビット従量課金を考えているが、それは設備費用(すなわち提供帯域幅)がビット転送量(すなわち消費帯域幅)によって決定されることからくる結論だ。

しかしテレビ放送の設備費用の分担率はそうした理由から決まっているわけではない。ケーブルテレビなどを含めて、このあたりの価格はメディア業界、すなわちコンテンツ提供会社、ケーブルなどの経路調達業者などを含めたパワーゲームの場と化している。

経路としてのデジタルネットワークの(消費帯域幅的な見方で言う)最大の消費者は目下のところストリーミングを中心としたメディア業界ではないかと考えられる。そうした場合に経路としてのネットワークの課金はむしろメディア業界の論理で押し切られ、そこには技術的、あるいは合理的な論理が入り込む余地はないのではないか、という考え方があるだろう。
従来的なインターネットのサービス、すなわちテキストベースのメイルの送受信などはその隙間でも充分成立するのではないか?というわけだ。

実際のところこのあたりは僕にはわからない。将来結論が出るだろうと思うが、逆に今はどうなることやらさっぱりわからない。
ただまあ個人的にはそのことに賭けて従量課金の可能性を考える必要が無いとはちょっと考えたくない。これはまあ趣味の問題だと思う。



Yutaka Yasuda

2001.06.12