Cinema Review

スウィーニートッド

監督:ティム・バートン
出演:ジョニー・デップヘレナ・ボナム・カーターアラン・リックマン、ジェイン・ワイズナー

悪辣な判事の罠にかかり、美しい妻と娘を失った理髪師。ロンドンに戻った彼は次々と客のノドにカミソリを走らせる。

ティム・バートンといえば悲しい、あるいは偏向した、あるいは倒錯した愛情に満ちたファンタジーに惹かれる。『シザーハンズ』『スリーピー・ホロウ』などなど。彼のこの倒錯が前向きに進むと、多くの人に受け入れられるはずの名作ができあがる。『ビッグ・フィッシュ』はそういった作品なんだと思う。こういうことは他の映像作家でも時々起きるようで、クローネンバーグだって『デッド・ゾーン』なんてのを撮ってる。
クローネンバーグのことはさておき、今日は書いておきたいことが二つある。

一つめはジョアナ役の女優さんのことだ。ジェイン・ワイズナー。19 歳のまったく無名の新人なのだが、スクリーンに映し出されたその姿に僕は見入ってしまった。お姫様ふうメイク。色白。なで肩。長い首。まあ本当にお姫様だ。
何に目を引っ張られたかというと、もちろん美人だからというのが第一なのだけれど、もう一つ理由がある。『スリーピー・ホロウ』のクリスティーナ・リッチだ。ジェインを見たそのとき、ああ、クリスティーナの再現だ、と思った。
スリーピー・ホロウ』はホラー的な外構をしているが、実体はおとぎ話、fairy tale だ。その fairy たる妖精にクリスティーナを選ぶ、というのはすばらしい離れ業だったと思う。『バッファロー'66』で評価が高まったとはいえ、当時はあのようなお姫様メイクと衣装でゴシックな雰囲気に映えるとは誰も想像できなかったと思う。いったい誰がキャスティングしたのだろうか。一番納得できる説明は、ティム・バートンはこういうお姫様ふうの姿が好みで、他の誰も気づかないその素質がある女優を鋭く見つけることができる、というものだ。
後でジェインの資料がないかと思って適当にネットを探してみたが、情報も写真も非常に少ない。しかし数少ない他の写真を見ると、彼女はどちらかというと胸も大きく、それを強調するような服を着ていたりする。表情も勝ち気ではつらつとした印象で、今回のキャストからはかなり遠い風情だ。ただたっぷりのブロンドに隠れていても、長い首だけは目立つ。細身なことには間違いない。このあたりにピンと来たのか、ティムよ。。。

もう一つは血のことだ。オープニングからどろどろと下水へ流れる血。それまではゴシック・ホラーに良く合いそうなブルー・グレイの色調に支配された様式美とも言える映像だったのに、カミソリがノドを走ったとたんに生々しく飛び散り、辺りを汚すこの血の描写は何だ。その粘度は高く、その量はあくまで多く、まるでスプラッタのようにどろりどろりと流れ出す。
そうして血で汚された人間の体が二階の床から地下室へと落とされ、ぐしゃりと音を立てて折れ、倒れる。映画館の狭いいすに縛り付けられ、僕はこれを何度も何度も直視させられる。ゴシックつまり様式美の世界に没頭したくなる僕の意識はそのたびに現実世界へと引き戻され、これは彼の復讐でも何でもないただの人殺しだ、虫の這いずるパイ屋の物語だ、という思いが頭の中にあがってくる。
この実に居心地の悪い往復運動が何度も何度も繰り返される。

映画鑑賞としては例えばここで、主人公(理髪師)にとっては美しく見えるジョアンナや町の風景など表の日常世界も、血と脂肉でべたべたと汚れた裏の世界も、どちらも同じものなのだ(まるでロンドンの支配階級と最下層の人たちや、通り一つ隔てた判事の邸宅とスラムのように)、といったことを感じるところかもしれないが、僕はもちろんそういったことには全然気が回らない。
ただ、あるいはティムにとってはこのどろどろとした血のりにジェインのような美しさを感じたり、血そのものを一つのキャラクターとして愛情を込めているのではなかろうか、と思うのみだ。
これを偏愛というか、どうか。それを確認するために、これからも彼のファンタジー作品を見続けることになるだろうなあ。

(映画とはおそらく関係ないと思うが、サンフランシスコを北に、海を渡って少しいった山の中に知人宅があるのだが、その途中、人の気配が無くなったところあたりに Sleepy Hollow という通りがあった。唐突に映画を思い出し、またスウィニートッドの彼女を見てまた唐突にクリスティーナ・リッチのあの姿を思い出した。偶然とはいえおもしろい。)

Report: Yutaka Yasuda (2008.02.10)


[ Search ]