Cinema Review

初恋の来た道

Also Known as:The Road Home

監督:チャン・イーモウ
出演:チャン・ツィイースン・ホンレイ

小さな山村に若い教師が来た。村の人総出で、また彼も手伝ってそこに学校が建った。一人の娘がただひたすらに彼に想いを寄せる。

良い映画だと思う。まったくなんでもない筋書きだ。むしろ他愛がないと言っても良い。作品の中で特に変わった事が起きるわけでもなく、香港映画にしては実におとなしい。淡々とした、実に淡々とした映画だ。何も起きない。何も進まない。その村に吹く風のように、ただ毎日が流れる。
実は僕はこうした山あいの風景が好きだ。そこの土に還りたいと思えるような、そんな場所をさがしたいと思っている。だからその風景を眺めることが、他のどんな背景や出来事より僕には気持ち良かったのかもしれない。

だが勿論それだけではない。書くと減るので良くないのかも知れないが、やはり書く。チャン・ツィイーがすばらしい。彼女がただニコニコしてるだけのお嬢さんではないことは『グリーン・デスティニー』が証明している。この二本を見比べる事で、本作での彼女の顔は、やはり作られた彼女の顔の一つなのだとわかる。だからといって彼女の笑顔の価値が下がるわけではないだろうし、またなんとも嬉しそうに笑うし、裂けてしまいそうな不安な顔をする。男も女も、恐らくはあの頃の自分たちの気持ちを握りしめて、無条件に感情移入してしまうのだろう。

本作には本当に何もない。タネも仕掛けも、物語すらない。余りにも何でもないために、この彼女の表情だけが映画そのものになっている。ファインダを通して彼女を見て、そのためにストーリーを全てそぎ落としたと思えるほどだ。

歳をとったせいかNHKテレビの『プロジェクトX』でホロホロと泣いてしまうようになった。子供の頃は一体何のせいで泣いていたのか想像もつかない自分だが、この頃は何かしら少しの事で涙が出てくる。念のためだが悲しくて泣くのではない。

この作品でもラストに棺をかついで歩く人達のシーンを見てやはりぐぐぐっと来てしまった。ああいう人に会いたい。あのように老いたい。ああやって死んでいきたい。余りのその気持ちの単純さにこらえて誤魔化したものだが、もう少し歳をとったらまた見てもいい。その時は堂々と泣けるかもしれない。

(念のため。葬式は死者のためでなく生者のためと僕は思っている。「葬式をせねば奴が可哀想」ではなく「可哀想に思う自分」のためにやる、利己的な儀式だ。僕は利己的な儀式としての葬式を否定していないし自分も自分のために参加する。生きたまま別れる送別会もまた同じ。祝いの席も利己的に参加する。その意味でこの老人のように死にたい。)

Report: Yutaka Yasuda (2001.10.28)


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