Cinema Review

ガタカ

Also Known as:GATTACA

監督:アンドリュー・ニコル
出演:イーサン・ホークユマ・サーマンアーネスト・ボーグナイン、アラン・アーキン、ジュード・ロウ、ローレン・ディーン

その世界では、個人の能力は遺伝子によって評価される。何故か「普通でない」方法によって生まれてきた男は、自分の未来を自分の能力に賭けてみようと思った。

惜しい。実に惜しい。後もう少しで、この映画は僕の好きな映画 10 本くらいの仲間入りをしたかも知れない。この映画を見た人で、そう思った人は何人いるだろうか。その人達には僕のこの複雑な気持ちがわかって貰えると思う。

僕は最初、オープニングロールの絵の美しさに驚いた。最終日の最終上映だったせいか、立ち見となってしまい脇の方で座り込んで見ていたのだが、この絵は正面で見なくちゃ損だと立ち上がって移動したくらいだ。ロケットが上がっていくシーンは本当に美しい。見え見えの合成なのだが、それを超えて良いと感じた。

全体に絵は美しく、構図、配色、線が実にていねいで良い。そこから感じられる低めの温度感は、遺伝子と言う記号で評価された人間たちの、清潔で無機質な姿とマッチする。この背景で美しいのはやはりユマ・サーマンだ。ベストキャスティングと言っても良いと思う。髪をあげた時のクールさと、下ろした時の美しさ、その変化のコントラストが良い。
このユマ・サーマンとイーサン・ホークの二人が映るシーンがどれも絵になる。建物の外で離れて立つ構図。レストランの明暗と二人の周囲の調度品の豪華さ。夜明けの光線の中、ミラーの列の間を歩く光と色。
この気持ちの良い絵作りとともに、物語はゆっくりと進んでいく。

偶然の精子と卵子の遭遇によって自然に受胎して生まれた人間を、劇中では「普通でない出産」「神の子」と呼ぶ。この、近未来の遺伝子検査による個人の能力判定や、そのための制御された人工受精について考えることは幾らもある。だが僕はそれらのことを全て飛ばして、その絵と時間の流れが好きになってしまった。だからそうした幾らか文明批判的な視点などのすべては主張のない背景となった。そうしたら更に映像の美しさが際だつのだ。

しかし残念なことに、物語は後半少しずつハリウッド映画的収束の気配を見せようとする。これが僕には絵のクールさとの違和感を感じさせ、詰まらなかった。これさえなければ、僕の中では不朽の名作となった筈なのに。
殺人犯なんか誰だっていいじゃないか。刑事の正体なんか何だっていいじゃないか。最後の Gene チェックなんか要らない!
前半余りにも良い展開だっただけに、実に惜しいと思えてしまう。僕のこの複雑な気持ちがわかって貰えるだろうか。

ラスト、主人公に遺伝子を提供する男は自分自身を焼いてしまうが、その理由は僕にはわからない。「旅に出るんだ」と言った男にとって、現実の旅より死を選ぶ理由は何だろう。彼は希望を得られた筈ではなかったのか。これもハリウッド映画的単純さによる後かたづけなのか、その逆の複雑さの表れなのか僕にはわからない。

GATTACAとは不思議な名前だ。オープニングロールでスタッフなどの名前の綴りのうち、GATTACAに含まれるGATCの四つのアルファベットが浮き上がるような表現をしていた。ああ気が利いたロールだなと単純に楽しんだ。ところが物語の中ほどで、ユマ・サーマンが遺伝子検査の結果の用紙を見た時、そこには遺伝子配列を示す文字列が並んでいた。この絵はほんの一瞬しか映らないが、その時鮮やかに、ああ、遺伝子配列記号は G,T,A,C だったっけ!と思い出した。GATTACAの名前も、オープニングロールも、すべてここから来た演出なのだ。気がつかない自分の間抜けさを恨んだが、それより僕にそれを鮮やかに思い出させた演出のスマートさに素直に感動した。

ちなみにエンドロールも同じ手法だ。その更に後、オープニングと同じくスローで爪が落ちてくるショットが映って、ああ、やっぱり爪だったのね、と思い出させてくれる。

Report: Yutaka Yasuda (1998.06.16)


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