Cinema Review

ラブ & ポップ

監督:庵野 秀明
作者:村上 龍
出演:三輪 明日美、希良梨、工藤 浩乃、仲間 由紀恵浅野 忠信、手塚 とおる、平田 満吹越 満、渡辺 いっけい、森本 レオ、岡田 奈々

高校二年生の裕美(ひろみ)は、その朝変な夢を見た。それからいつもの友達と、いつもの一日が始まる。しかしその日、裕美は夜、店が終るまでに、足りない金を援助交際をして得ようと決めた。

「わたしはみんなと対等でいたかったんだ、という言葉を、後で見つけた」

形のあるものはどんどん曖昧になっていく。
あの夜あんなに感動して泣いた自分も、朝にはもうつるんとした自分に戻ってしまって、なんでもなくなってしまう。
回りの友達に自分はいつしか遅れてしまい、もうついていけなくなってしまった。取り残されている。
自分が不確かなものになっていってる。自分を確かなものにしたい。

と、彼女は言う。

今はいろんな事について、いろんな答が「アリ」になっている。それぞれの答にはそれなりの理屈というか、スジがあって、ある見方ではその答は「アリ」だ。
援助交際もそうだ。売春だってアルバイトとしてアリだし、別にセックスしてお金もらって自分が違う生き物になるわけじゃない。彼氏とのセックスは愛情で、ウリとは違うし大切にしてる。
いろんなスジが何本も何本も周囲を走り回っている。まるで部屋に走らせた G ゲージ(鉄道模型)のレールのようだ。迷路のようなレールのなかから、いろんな一本を選んで飛び乗ってみるけれど、どれに乗っても何か違うし、どこかにたどり着けそうな気もしない。自分はもっと確かな、ホンモノの自分にたどり着きたい。

ホンモノの自分になりたいけどそんなものどこにあるのかわからない。

僕がこういった焦燥を高校生の時に感じていたかどうか、正直なところ忘れてしまった。ただ、エンジニアの仕事をはじめて 7 年ほど経ったある時、突然自分が少しはホンモノのエンジニアになれたような気がした。少しは確かな自分を手に入れたような気がした。そしてようやく、僕は結局ホンモノの人間になりたいがために、ひたすら走ってきたんだと言うことが判った。
そうしたら急に、僕はホンモノの人間になりたいと願うようになった。
僕のレールの、そのたったひとつのスジの延長に、ホンモノの自分を据えたい。

今の自分にどうやってたどり着いたかと聞かれても、これが僕の今まですべて、そのままなのだと答えるしかない。もちろん昔から今の自分を予定していた訳じゃなくて、その時々に、興味のあることに熱中してただけだ。その力の大きさが、僕が僕である事を信じる支えになってる。
でも、だから。
僕のレールの向う側に、ホンモノの僕が待っているわけじゃないことも、僕は知ってる。

僕は自分で自分をホンモノに「する」しかない。僕にはスペアがない。なりたい自分に自分で「なる」んだ。今までだってそうして来た。

「わたしはみんなと対等でいたかったんだ、という言葉を、後で見つけた」と言う彼女の焦燥感は、彼女が自分自身を大切にしたい、その価値を高めたいと思っていることの裏返しだ。
まっすぐ進めば良い。ひとつでも多くホンモノを見て。頑張れ。

多くの人はそう思えないかも知れないけれど、僕はこの映画と『耳をすませば』が底の方でだぶって見えた。

Report: Yutaka Yasuda (1998.01.31)


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