Cinema Review

ザザンボ

監督:渡邊文樹


「バリゾーゴン」についてのコメントを読むことができて、とても嬉しくなりました。渡邊監督の作品に関することは、メディアに載ることがないと思っていましたから。
私は渡邊監督の作品は「ザザンボ」から二作観ましたが、前作もやはり「なんや、これ。」という感想を持つ人がほとんどだったのではないでしょうか。私自身、まずポスターから受けた印象との差にとまどい、次々起こるショッキング出来事が事実なのか作られたものなのか、役者は当事者なのか単に演技なのか、観ていてわからなくなり、テーマを含めて、作品全体に流れる重い雰囲気に船酔いしたような気分になりました。とても疲れました。しかし、快、不快は別にして、印象の強烈さは、今まで感じたことのないもので、見終わってからもずーっと映像や音が頭に浮かんできて、しばらく呆然としたことを覚えています。
「ザザンボ」は、葬式を意味する、東北のある地域の方言なのだそうです。知恵遅れの少年の死をきっかけに、嘘と欲と見栄にまみれた歪んだ社会と、それを作っている人間の姿を映し、暴露してゆきます。ことの発端はある青年(村の権力者の孫)が、村の高校生を妊娠させてしまい、中絶するための費用を知恵遅れの少年に盗ませます。少年は追求を受けますが秘密を守り、ついには祖父に殺されてしまうのですが、その現場の目撃者はおらず(映像も現場は映していません。)自殺したことになってしまいます。その真実を村に住んでいる、家庭教師の渡邊(渡邊監督本人)が、探ってゆきます。その間に渡邊は村の住民による嫌がらせを受けたり、危険な目に遭ったりするのですが、その様子から、保守的で、なおかつ自分たちに不都合な真実は知りたくないという村民の姿勢や、権力者に媚びる体質などをうかがい知ることができます。
結末はその青年の自殺、権力者の急死、「彼らのザザンボがおこなわた。」という不気味なテロップで、締めくくられます。私自身がどこまで真実で、どの辺が創作なのか判らなかったので、解説も曖昧な部分がありますが、まあその辺はどちらでもいいのでしょう。きっと。
渡邊作品は「バリゾーゴン」もそうですが、田舎の事件を題材に、日本に歪んだ社会がある事実と、それらがごく一部の人によって作られ、人間の嘘や見栄や欲によって強固な砦を築き存在していること。そしてその社会は、ごく普通の営みをしている人や立場の弱い人を守る性質ではないことなどを、私たちに知らせているのではないでしょうか。
五年前、「なんやこの映画。」「騙されたね。」と口々に言う友人たちと同じことを言っていた私ですが、それから三年後、就職して移り住んだ町で例の怪しいポスターを見つけ、今度は別の友人を誘って、またしても、渡邊作品を見に行ってしまったのでした。

Report: かわまき (1997.09.16)


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