Cinema Review

バリゾーゴン

監督:渡邊文樹
出演:渡邊文樹佐々木龍

原発のある村、そこで発見された青年の死体。その事件の背後に見え隠れする政治家達を追い、真相に迫ろうとする一人の映像作家。ドキュメンタリータッチのインタビュー映像と、役者による再現映像とで構成された映像作品。

作品に関する推測は、ただの深読みのし過ぎなのかもしれないです。まず最初にご了承下さい。

「なんやねん、これ」という疲労感に満ちた言葉が、私の「バリゾーゴン」を見終わった直後の素直な感想だった。

観たのはまだ在学中で、ちょうど美術部の部展を間近に控えて、朝から部室で惚けていた時期だった。まず、このレビューシステムの創立者の安田さんからのE-mailで、「なんか、怪しいポスターが貼ってあるんだけど、興味ない?」という連絡があった。ポスターには、何だか恐怖映画を思わせるような絵柄の上に、日時と会場、そして「失神者続出」「医務室完備」「心臓の弱い方はご遠慮ください」という貼り紙がしてあるらしい。タイトルは「バリゾーゴン」。出展する油絵の方のめども立っていたし、「気分転換に丁度良い」と思ったのが、事の始まりだったのか。
安田さんとの、「会場で運良く会えたら会おう」という曖昧な約束のもと、長岡京市の市民会館まで足を運んだ。

安田さんとは、上映が終わった会場でやっと会うことが出来た。明るくなった会場は、部活動帰りの中高生や、御近所の主婦連でいっぱいだった。彼、彼女らは、私と同様、口々に「なんやってんや、一体」というような言葉を吐いていた。私と安田さんは、とりあえず安田邸に向かう事にして疲れ切った表情をして会場を後にした。その道中の30分かそこらで、私のこの映画に対する評価は一変してしまうのだが。

道すがら、今観た映画の何が、私達を疲労感に追いやったのかを二人で話し合い、それは違和感によると私は結論した。
違和感と言っても、二点ある。一つは、ポスター(宣伝広告)の提示するこちら側の予測する映画と、実際の作品内容との間に生じる違和感である。ポスターの提示しているのは明らかに恐怖映画であるが、前述した様に、あらすじは社会派の映画である。私などは、映画の始まった瞬間に写った老婆のインタビュー映像に、頭の中が真っ白になってしまった。(ある意味では、「失神」寸前だったのかもしれない(^_^;))
もう一つの違和感は、映画そのものの作りに関係している。この映画は、半分はドキュメント的なインタビュー映像で、後の半分が役者が演技をしている事件の再現映像で構成されている。これらが、何の説明も無しに入り乱れて画面に現われる。加えて、再現映像はほとんどが素人役者で作られていて、インタビュー映像には再現映像に出てきた役者がその人の役割のまま出ていたりする。現実と信じているドキュメント映像と、非現実と感じてしまう再現映像との境目が(おそらく意図的に)薄められているのだ。そして観客は、混沌と違和感を感じずにはいられなくなってしまう。この手法は、この映画が、「現実とされるものが持ち得る虚構性」と、「虚構とされるものに含まれる現実感」を、テーマの一つにしていると思わせるだけの説得力を持っている。
会場で聞いた「なんやってんや、一体」という言葉の大半は、おそらくこれらの違和感を理由としていたのではないだろうか。監督の狙い通りだったわけか。

また、この映画は興業も独自の形態を持っている。
監督自身が上映権を持ち、全国で自主上映しているのである。その、上映の仕方もユニークだ。観客側は町中にベタベタと貼られた派手な宣伝文句のポスターによってのみ、作品の上映を知ることが出来る。いわゆる情報誌の類には一切情報は載らない。意図的に載せていないのだろう。上映も、市民会館などを借りて、一日一回だけ上映して、別の土地に移っていく。しかも、宣伝内容と、作品の内容にはかなりの違和感を残したまま。

さて、ここまでこの映画の特異点を挙げてきて、何かに似てる事に気付かないだろうか?それは「見世物小屋」だ。
それは、よく用いられる見世物小屋の持つ形式的な美的価値感などではなく、より本質的な機能である興業的側面と、社会により隠蔽されている本質を、隠蔽した形のまま発表しようとするその形態による。これこそ、正当な見世物小屋の後継者と言えるのでは無いだろうか?
また、「バリゾーゴン」の見世物小屋的興業が、純粋にインディペンデントで活動しつつ、より多くの人に観てもらう為(勿論、十分、制作費をペイする為でもある)のとても的を射た方法である事に気付かされたのである。
「バリゾーゴン」はフィルム作品だけではなく、興業形態をも含めて一つの作品であり、実験なのだ。そして、それを実践してしまう渡邊文樹監督のエネルギーは素晴しい。

以上の結論にたどり着いた私は、安田邸に着いた頃にはすっかり「バリゾーゴン」擁護派になっていた。そして、興奮状態の続いていた私は、京都に戻るとそのまま大学の部室に行き、気付いたら、
「凄い映画やったわ。もしも近所に来たら、とりあえず行ってみた方が良いよ。」
と、口にしていたのである。

Report: Jun Mita (1997.07.13)


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