Comic Review

夢幻紳士 怪奇編

作者:高橋 葉介

霊能力を持つ主人公が遭遇する不思議な出来事を綴る短編集

結構好きな作家の、最も好きな作品集だ。散発的に連載された短いエピソード集なのだが、そのどれが好き、と言うわけではない。むしろ高橋葉介的様式美全体に良さを感じる。

漫画というのは映画(ないしはテレビ)とも小説とも違う、独特の表現だと思う。映画は物語の進行を完全に作り手が握っている。つまり見る側は作者の意図したシーンを、意図した順に、意図したタイミングで見せられてしまう。
対して小説では物語の進行はほぼ完全に読者にゆだねられていると言ってもいい。つまり読者は急いで読んだりゆっくり読んだり、後戻りして読み返したり、更に先まで読み飛ばしたり(!)すら出来る。
漫画というのは映画的な映像表現が可能なのだが、その点では実に小説的と言える。
つまり小説と同じ様に、作者の構築した空間を、時間も含めて自由に泳ぐ事が出来る。
そして、作家は読者に対して自分が意図する時間軸を「仕掛ける」のだ。

高橋葉介の作品は、どれもこの仕掛けられた間(ま)の味がする。その間に合わせて切り取られたカットとしての絵、絵と絵を結ぶ間の色気(イロケ)がある。そこには高橋葉介的様式美があるように思えてならない。

その意味で、この『夢幻紳士 怪奇編』は格好の舞台なのかもしれない。ページ数は上下するが、基本的に小品で、エピソードはそんなに単純では済まない場合が多い。そこに比較的多くの要素を詰め込むから、一コマたりとも削れない緊密さが生まれている。語り口調に一瞬サキの短編と似た雰囲気を感じるが、恐らく本人はそんなことを意識してはいないと思う。もっと日本的情感が基調になっている気がする。

いくつか高橋葉介的様式美を読み取りやすいエピソードを挙げてみる。
『老夫婦』『花火』『夜会
どれも非常にゆっくりとコマが進み、一コマ一コマを読み進む心地良さがある。彼自身その様式を楽しんでいる空気を感じる。作家が仕掛けた時間の流れを共有しているのだ。そのドライブ感覚が僕は好きだ。

彼の作品には残虐性と、その隣人としての哀れさが常に描かれる。そこに作者のメッセージを見ることが出来るかもしれないが、しかし僕はそれを素直に読まない事をお勧めしたい。彼は、たとえばお涙頂戴シーンをケラケラ笑いながら描いている可能性があるのだ。うーん、ようわからん人だ。まあ読むのがこっちの仕事で、どう言う積もりで描いたのかは余り関係ないのだが、、、

ところで今気づいたのだが、この作品集には色彩が無い。白と黒のコントラストのはっきりした絵には違いないのだが、それにしても色を感じない。高橋葉介の作風の一つなのかも知れない。
彼は、何かの作品の後書きで「自分は誰の真似をしたわけでもない」と書いているが、その通り、僕は高橋葉介的な絵を彼以外の誰かが描いているのを見た事が無い。そういう意味でも希有な作家の一人だと思う。

僕が最初に高橋葉介を読んだのは『クレイジー・ピエロ』だった。そこに描かれたピカレスク・ロマンは当時の僕にはなかなか刺激的だった。それから高橋葉介の作品を幾らか、と言うより当時出版されていた殆どを読んだ。今は無きサン・コミックスのものだ。今また初期作品と呼ばれて再出版されたりしている。

Report: Yutaka Yasuda (1997.06.25)


[ Search ]