売れない地方周りの劇団がたどり着いたのは焼け落ちた劇場だった。そこは10年前に謎の火事を起こし、オーナーでもあった人気絶頂の西洋劇俳優も焼け死んだと言う。そこに泊まった劇団員は夜中に女の姿と歌声を聞く。問い詰められた管理人は過去を話はじめる。
どうやら『オペラ座の怪人』のレスリー・チャン版リメイクなのだそうだ。だそうだ、で申し訳ないが、僕は何しろオリジナルの『オペラ座の怪人』を見た事が無いのだから仕方がない。
ともあれ、これは僕は気に入ってしまった。好きな作品だ。何より勢いがある。それに尽きると言って良いと思う。そう、勢いなのだ。邦画を見ていてその不足を一番感じる。逆に香港映画などにそれが満ちているのかも知れない。この思い切りがないと、見られる映画なんて作れはしない。邦画で勢いと言うと。僕は反射的に『ギターを持った渡り鳥』とか『日本一の無責任男』(そんなタイトルだったっけ?)を思い浮かべてしまう。今見たってこいつらは面白い!
馬鹿話はそのくらいにして、話を夜半歌謦に戻そう。この作品は主演のレスリー・チャン鑑賞映画の様な気がしないでもない。その位、良くも悪くも彼の顔がよく出る。この作品で彼は、北京に豪奢なオペラハウスを建ててロミオとジュリエットを自ら演じる二枚目俳優と言う派手な役回りである。そしてその劇中さながらの関係にある相手役、成金の娘をウー・チェンリェン(漢字では呉、青に人偏、蓮と書く。これは北京語発音だそうで、広東語発音ではン・シンリンになる。作品の舞台が北京故か、作品は全編北京語。)が演じる。
そう。この作品の筋書きと言うのは詰まり、この二人が傷つきながら成し遂げようとする恋の行方を描くと言うもので、要するに御涙頂戴モノなのだ。中国人も判官びいきなのかどうかは知らないが、実にありがちなストーリーである。
僕も多くの御涙頂戴ファンと共に、確かにこう言う筋書きにじーんとした。が、何よりも僕が感じたのは、先に述べた「勢い」だ。
まず、作ったセットが凄い。豪奢な西洋式劇場を何のトリックもなくセットとして作り上げている。そこに引かれる幕やカーテンは、全編を彩ると言っても良い鮮やかなワインレッドで統一されている。こりゃすげえなあと思う間もなく、最初に映る舞台の背景に同じワインのカーテン、青いスポット。ああっ、綺麗だなあ、と思ってしまう。
他にもある。後半、ウー・チェンリェンが昔の恋人の歌声を聞いて、今は廃墟のような劇場で呆然と立つシーン。僕が最も気に入ったカットだ。天蓋のステンドグラスの割れた隙間から雪が降り込むのだが、照明のない劇場の中で天蓋越しの月明りに照らされて、幽霊のように浮かび上がる女の姿に雪が降り掛かる。美しい。
しかし冷静に見てこれは騙されているのである。つまり布一枚とスポット一発、あるいは作り物の雪とライト一発、後は勢いで見せてしまう。更に言ってしまえば、その美しさは実にありがちに美しくさえあるのだ。それでも全編通して余りにもありがちすぎるもんだから、僕の感覚はすっかり麻痺してしまって、これが全く素直に美しく見えてしまうから素敵だ。映画万歳!
全編を通して撮影には非常に気をひくところがあった。冒頭、劇団が劇場の入り口にたどり着くところを俯瞰して撮るのだが、木の枝をかぶせて馬車を入れたかったようで、何気なくパンフォーカスにしている。これを見て僕は「を、おもろい事するやんけ」と思ってしまった。それ以降様々なところで映像はなかなかに良く出来ており、丁寧で手と気合いの入ったところを感じる。この辺りプロフェッショナルな感じがして心地よい。『恋する惑星』の撮影(クリストファー・ドイル)には趣味的な印象と言うのだろうか、学生などの実験映画の雰囲気を感じたが、この作品の撮影(ピーター・パウ)には職人的な印象を受ける。
美術関係も良い人が居るのだろうか。焼ける前の劇場も綺麗だが、焼け落ちた後の劇場の、特に夜の雰囲気が良い。幽玄と言うのだろうか、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』などで見せてくれた「雰囲気」を感じる。『オペラ座の怪人』と言うのだから、ゴシック・ホラー的な雰囲気は必須と思われるが、それは充分満たしていたと思う。良く考えると香港映画はゴシック・ホラーに充分な経験と技術の蓄積が有りそうだなあ。そういうのが今後出てくるんじゃないだろうか。
因みにプロデューサーに主演のレスリー・チェンの名前がある。彼は元々歌手なのだそうで、なるほど作品中でも随分たくさん歌っている。プロデューサーに名前があることで彼の気の入れようが窺えるが、それにしても劇中ひたすら繰り返して彼の歌うシーンが流れる。しかも全く同じフレーズばかり!たっぷり十回は流れたろうか、これには驚いた。勢いにも程があるぞと思いながら、しかしそれでもガンガン行くところに潔さを感じるが、、、本当に良く編集の段階で詰める気にならなかったなと思った。
良くも悪くも、そういう映画だ。ただ、これを見て、「もうちょっと香港映画を見ても良いかな?」と思った。