『ボーイミーツガール』『ボンヌフの恋人』のレオス・カラックスのドゥニ・ラヴァン三部作
<あらすじ>
20世紀末、近未来都市のパリ。愛の無いSEXをすると感染し死を招くとされる「STBO」という病気が街中で流行る中、主人公アレックスの父ジャンは何者かに轢死させられる。アメリカ女に借金をしていたジャンは借金を返済できず、その見せしめとしてアメリカ女の手下に暗殺されたのだ。翌日アメリカ女はジャンの友人マルクの前に姿を現わし、2週間以内に借金を返済するよう命じる。次に殺されるのは自分だと恐れをなしたマルクは、借金を返済する為、ある薬品会社が開発したSTBOのワクチン(特効薬)を盗み、海外に流出しようと計画する。その計画には手先の器用な人物が必要だった。そこでマルクは窃盗団の一味にジャン以上に手先の器用な息子アレックスを引き入れようとする。親の仇をとろうといった気はさらさらないアレックスだったが、生計をたて人生をやり直す為にも金が必要だと思った彼は、恋人リーズを捨て、窃盗団の一味となる。そこには、マルクの愛人でとても美しい女性(アンナ)がいた。アレックスは次第にアンナに心魅かれる様になる。
アンナに想いを寄せれば寄せるほど、アレックスはアンナに「マルクへの愛」を聞かされる。自分と一緒に逃げようと話を持ちかけても答えてはもらえず、アメリカ女の一味に協力しようか、裏切ろうかと葛藤する。
そして計画実行の日。薬品会社に侵入したアレックス。だが不運にも警察に見つかってしまう。リーズの気の迷いで一夜を共にしたトマという男がアメリカ女にアレックスの情報を流したのだ。しかし、アレックスはウイルスを持ち返り、リーズと逃げる。そしてアンナと合流するがアメリカ女に追われる事になる。アメリカ女とその一味VSアレックス達のカーチェイスが行われる中、アレックスはアメリカ女の一味に打たれる。抱き抱えられる様に倒れたアレックス。そしてそのアレックスの流血する血をおもむろに自分の頬に塗りたくったアンナは両手を大きく広げながら、滑走路を疾走するのだった。
<感想/テーマ・主人公アレックスの愛の疾走>
主人公アレックスの唐突なる疾走(これは、アレックス自身が走るだけでなく乗り物を使用する場合も含まれる)や「スピートの恍惚感」はそれ自体が彼の「生」を象徴したものであることは物語全体を通してもよく解るが、それがもっとも顕著に現われているのはエンディングシーンにおいてであろう。アメリカ女とのカーチェイスの渦中で、アレックスはしきりに「もっと速く、もっと速く!飛行機に乗るんだ。」と叫ぶが、それはオープンカーの速度と彼の「生」が密接に関わっている為であり、現にスピードと比例するかのように彼の命は縮まってゆく(スピードが上がると元気になる)。アメリカ女の一味はしきりにハンス達の車を止めようと躍起になる一方で、アレックスはオープンカーよりももっと速い飛行機に乗る為、スピードを速めろとハンス達を急かすのである。飛行機へ乗ること、それは新しき飛び立ちを意味する上での重要事項であり、今現在いる場所から別の場所(これはスイスでもいいし、天国ととらえてもいいのだが、とにかく今とは別の異空間に行くこと。)へ脱出し、何処か新しい地を求めて生活を立て直したいという彼の願望を叶える鍵になっているのだ。思えば、リーズとの別れのシーンでもそうであった。生活を立て直す為に金が必要だと窃盗団の一味になった時、パリを脱出しなければならないと言っていたアレックスは生活を立て直すには今の場所から脱出しなければならないと感じていたのだろう。特に追いかけてくるリーズを異常な速さでふりはらったシーンは非常に印象的であった。
アレックスのこの願望を叶える役目を果たしたのは誰であろうアンナである。飛行場に着き、オープンカーが停止するとそのままアレックスは力尽きてしまったが、アンナはアレックスの血を自分の頬に塗り、頬を抑えながら滑走路上を異常な速さで走り出し疾走するのである。両手を広げ大空に向かって走り出すアンナはそこで飛行機をシンボライズ化し象った、一つのイメージに広がっていく。アレックスの血がアンナの肢体を通い、飛行機になって飛び立つ。これはアンナがアレックスの願望を代行した象徴的なシーンでもあるのだ。
すこし遡ってカーチェイス以降のシーンをふり返ってみると、そこには2本のひまわりのショットが映る(一つは花びらが落ちて種ばかりが目立つひまわり。そしてもう一つは丁度、咲き頃のひまわりである)。その直後、マルクとアンナが顔を寄せ合うシーンが入る。そして、ハンスが「どうだ、この車はすっかり若返っただろう。新しいカバー・・・」といった直後にアレックスの流血をアンナ達は知るのだ。「老い」と「若さ」を象徴するこのシーンが意味するものは何だろうか?それは「輪廻」である。咲き乱れ種だけが残った老いたひまわりは来年、その種を土に埋める事によって花を咲かせる事ができるだろう。車も新しいカバーを付ける事によって生き返るだろう。そしてアレックスも又、別の世界に脱出する事によって生き存える事になるのだろう。前途に述べたように、アレックスの唐突なる疾走はそれ自体が彼の「生」を象徴したものである。フィジカルな「生」物質的な「生」個体としての「生」はないのかもしれないが、彼は疾走し、別の地に行く事によって生き存えるのだ。
「信じる、疾走する愛を。永遠に疾走し続ける愛を信じる、アンナ。」
これは、デビットボウイの音楽に乗せて街の道路を疾走した後アレックスがアンナに対して発した独り言である。街の道路を疾走するアレックスは異常なスピードで走り切り、しだいにカメラまでついてこれなくなる速さになって唐突に止まる。アンナからマルクに対する想いを聞かされた直後の行動は、いつも激しく荒々しく、非常にスピードが速くなる。自動車を倒したり、マルクをなぐったり、ストレートに感情が行動に現われる。振り替えれば、アレックスが初めてアンナに想いを寄せたのは飛行機から落ちてきたパラシュートの中であった。道路を走り切るスピード。上空から地に飛び立つスピード、バイクに乗り走り去るスピード、オープンカーに乗って走り切るスピード。そして、地上から上空へ飛び立つスピード。アレックスの精神と速度との関係は切っても切り離せないものであり、よって「スピードの恍惚感」も彼が生きる上で人を愛する上で非常に大事なものとなる。父を亡くし家を出た後、アレックスはトマに電話でこう話している。「毎朝、コンクリートが腹につまっているみたいだ。バイクに乗ってもスピードの恍惚感が無い。」と。人生には変り目がある、生き方を変えたい。そう思ってアレックスは「仕事」に参加した。リーズと別れ、仕事をすることによって「スピードの恍惚」が再び戻ってくる。「スピードの恍惚」を理解したアンナはエンディングでアレックスの願望を代行する為、非常に速いスピードで走り切り、自ら「スピードの恍惚」を知る。そうすることによって彼等の愛は成就するのだ(因にパラシュートの時点ではアンナは気絶していたのでアレックスの一方的な片思いに終っていた)。アレックスの流血を知る直前のシーンを回想してみるとよくわかる。アンナはマルクと車の中で一緒に唄っている。「君と一緒ならいつでも死ねる。愛ほど死に似たゲームはなく、愛の無い生は無に等しいから〜」と。これは、マルクとアンナがお互いに対して唄った歌の様に見えるが、この歌詞は又、アレックスの心情をも代弁している様に思う。
では、リーズの場合はどうだろうか?オープニングシーンの時点ではリーズはまだ「スピードの恍惚」を知らない。バイクで疾走した後、二人は「抱きたくない」「抱いて」の押し問答をする。アレックスは仕事があり疲れるので嫌だといっている。にも関わらずリーズは抱く事を強要するのだ。バイクによるスピードへの恍惚感よりも性的欲望の方が勝ってしまう部分において、リーズはまだ、スピードの恍惚感を知らない。アレックスがアンナにリーズの思い出話をしているシーンでも、それはまるで強調するかのように語られる。「バイクに乗っている時、私をミラーで見てくれないのは嫌。あなたの愛は信じられない。愛してくれないのならバイクから落ちる。」と。スピードの恍惚の方が勝ってしまっているアレックスとそれを理解できないリーズ。アレックスを理解するのにはスピードの恍惚を知ることが必要なのである、それが愛を成就する事への第一歩なのである。「信じる、疾走する愛を。永遠に疾走し続ける愛を信じる。」アレックスがアンナにむかって言った様に、リーズも又アレックスの「疾走する愛」を信じてやらなければならなかったのである。しかし、どうだろうか?アレックスに捨てられたリーズはトマという男と関係を持ってしまい、STBOに感染してしまうという過ちを犯してしまうのだ。だが、一時の気の迷い(しかもアレックスがそれを勧めている)にしろ、STBOに感染したリーズはその事を非常に後悔し苦しむ。(当然、これはSTBOに感染した事への後悔ではなく、過ちを犯したことについての後悔である)この後、リーズは「スピードの恍惚感」を知ることになる。警察に追われたアレックスを助ける為に、リーズはバイクに乗って駆けつけ、アレックスを後ろに乗せるのだ(その動きは異常に速い)。この時に初めてリーズは「スピードの恍惚」を知ることになる。翌日、アレックスはアンナ達とオープンカーに乗り込む。その後ろをリーズが追いかけるのだ。何度もいうようにオープンカーはアレックス自身を差し示すものである。そして、オープンカーのスピードはアレックスの命を差し示すものである。そのオープンカーをリーズは非常に速いスピードで追いかける訳である。つまり、アレックスの疾走する愛をリーズは追いかけたのである。飛行上に着き、オープンカーが徐行し始めそして停止する。と同時にアレックスの命も消えかける。アンナはアレックスの血を頬に塗り・・・その時、非常に速いスピードでリーズは二人の中を割り、アレックスと見つめ合うのである。「リーズはバイクに乗った天使だよ。スピードの恍惚がわかっただろ。」アレックスはリーズにささやく。リーズは涙をこらえ「まだ終ったわけじゃないわ。」という。だがアレックスの命は尽きる。フィジカルな「生」は尽きたかもしれないが、アンナの頬にある血を通じてアレックスは生きるのである。この時、アンナはアレックスの恋の対象ではなく、アレックス自身になりかわる。アンナはリーズの髪をなでながらいう。「あなたたちはまた、いつの日かめぐりあえるわ。」と。その直後、リーズは滑走路の上を猛スピードで駆け抜けていくのだ。「バイクに乗った天使」を追いかけるように、アンナは両手を大きく広げ疾走してゆく。
「バイクに乗った天使」は何処へゆくのであろうか?天国かもしれないし、異次元の世界かもしれない。ただ地面ではなく、天へ飛び立つのだろう。空へ飛び立つには飛行機が必要だ。アンナの飛行機はぐんぐんスピードを上げ、いつか天使をつかまえる事ができるだろう。飛行機とバイク、じきにつかまえる事は目に見えているのだから・・・