ある一つの恐怖から記憶喪失になってしまった女性とその原因を究明すべく身元を探し出そうとする私立探偵マイクチャーチのロマンス&サスペンスストーリー。
深層心理に迫った奥のあるストーリー。先読みできぬ展開には圧倒される。特に犯人が前世の関わりや因果、因縁といったものを巧みに利用し、ヒーロー及びヒロインを追い詰めていく術(すべ)は見事で感心してしまう。「前世の恨みは来世ではらす」皮肉にもこう公言していた犯人は殺される事になる。いわゆる因果応報というものである。ラストシーンの巨大なハサミのオブジェに刺されて死ぬ場面は余りにも取って付けたという感じがして思わず笑ってしまったが、ハサミで殺されたヒロインがハサミによって犯人に世代を越えて復讐したとでも言いたかったのだろうか?「アンクレット」や「ハサミ」という小物をモチーフにして意味づけしていた事も大変良かった。
(例えばアンクレットは「永遠なる愛、死までも一緒」という意味があり、この物語の重要なキーワードになっていた。又「ハサミ」も私の心の中で潜在的にshears=fearという図式が出来上がっていた為、持ち出される度に恐怖に怯えた。)
それにしても本当に最後になるまで犯人像がつかめず、裏が読めなかった。その上、エマトンプソンとケネスブラナーの二役が「歳をとって変化をする」という常識を忘れさせていたのだ。本当にうまい演出である。
この映画の中に「俺は価値の無い人間になってしまった」と回想シーンのヒーローであるローマンがヒロイン、マーガレットにつぶやく場面がある。ローマン(作曲家)とマーガレット(ピアニスト)の関係はケネス(監督)とエマ(女優)の関係にあまりにも似ている。そしてローマンが不調になった時、夫婦間は危機に瀕していた。と同様にケネスブラナーが不調になった今、輝き続けるエマトンプソンは別の道を歩きだしたのだ。悲しい事にストラウス夫妻の様に修復する事は彼等には不可能であった。インテリ夫婦の悲劇である。この映画が皮肉にもブラナー夫妻の行く末を暗示していたとは本人、夢にも思わなかったであろう。因縁めいた、だが見ようによっては非常にドラマティカルな映画である。