「拝啓、藤井樹様。お元気ですか。私は元気です。」それだけ書いた手紙を、彼女は死んだ恋人に宛てて出した。届くはずのないその手紙に、しかし返事が返ってきた。彼女の中で三年前に止まった時間が再び動き始める。
良い作品だと思う。冬の、寒い神戸と、それより遥かに寒い北海道小樽を舞台にした、静かな、寒くて、少し暖かい物語なのだ。
中山美穂が二役を演じている。この作品は彼女の二役の間でメッセージがやり取りされる様を淡々と描いて行くことで進む。
神戸、小樽、ガラス工房、図書館。静けさと、雪と、炎と、山と、おだやかな風。そしてゆっくりと交換される手紙。この空気が僕は好きだ。そして中山美穂が、その空気を運んでくる。二役の間で時間と空間をあけて行われる対話が、全体の空気にピッタリと合っている。その緊張感が良い。
中学時代の中山美穂を、酒井美紀が演じている。これも僕は結構当たったと思っている。両者が似ている、似ていないと言う事は置いておいて、彼女はいつも光に満ち溢れた絵の中で、不思議な輝きを放っていた。常に落ち着いた背景と静かな空気の中に居る中山美穂と好対照だと思った。
中学時代のエピソードの一つとして登場する奇妙な少女を鈴木蘭々が演じている。これが何とも言えず外していて面白い。いや、まあそれだけなんですけど。
それらに比べて他のキャストはどうも今一つだ。豊川悦司はどうもしっくり来ない上に滅茶苦茶にヘンな大阪弁を使う。本当に君、大阪出身かと思ってしまう。中山美穂の大阪弁も変だが、殆どのシーンでは標準語で話しているからまあ良いのだ。というかそもそも豊川悦司は僕が見るとハ虫類的なヘンさが有り、それをミョーな大阪弁が増幅していると言う感じなのだ。
小樽のお母さん役の范文雀はさすがに違和感がないのだが、お爺さん役の篠原勝之(通称クマさん)は、なんかわざとらしい。他の僕の知らない俳優達もどういうわけか浮いた感じがして妙だ。僕には中山美穂と酒井美紀だけがこの作品の中で光って見えた。
中山美穂が良い。彼女の二役と言うと、僕は10年近く昔のTVドラマを思い出してしまう。やたら元気とやたら内気という極端な二役だった。このドラマの中で、内気な方が元気な方に成り済ますという場面があった。中山美穂が歩きながら内気な方から元気な方に数秒間で変わって見せるのだ。これがまた素晴らしい変わり様だったので僕はずっとそのシーンを憶えている。この作品での二役はこのTVドラマほど落差のある二役ではなく、もっと微妙な二役である。しかし彼女はうまく演じていると思う。
ラスト近く、恋人が遭難したと言う遠くの雪山に向かって、彼女が叫ぶシーンが有る。「お元気ですか、私は、元気です。」今まで抑えてきた彼女の、死んだ恋人に対する複雑な気持ちが溢れ出る。抑えられながら、それでもゆっくりと溢れ出る。絵も、音楽も、全て合わせて良いシーンだと思う。
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』に続いて僕が見た岩井俊二作品と言う事になる。ようやく見たと言うべきか、僕はこの作品の予告を劇場で見ているのだ。そのときこれは見なくてはいけないのではないかと思ったのだが、毎度の僕の怠惰さが見逃させてしまった。それからも機会が有れば見ようかなとは思っていたが、とうとう見ることが出来たという訳だ。しかし今回僕はこの作品をビデオで見てしまった。この映画とはフィルムで遭遇するべきだったと、僕は少し残念に思った。
因みに音楽はREMEDIOSだ。上に挙げた全ての作品の音楽を担当しているように思う。全編に流れるこの音楽も画面の雰囲気にマッチして僕には心地良かった。