Cinema Review

PiCNiC

監督:岩井 俊二
出演:CHARA浅野 忠信、橋爪 浩一

'96。日本。撮影は'94年。岩井 俊二の大ヒット作『Love Letter』の公開前に撮影されていたにも関わらず公開を'96年まで見送られる。殺人で精神病院に運び込まれた少女ココ(CHARA)。彼女は自分の死が世界の終りと信じているが、地球の滅亡を信じて聖書の黙示録に触発されたツムジ(浅野 忠信)に出合い、ツムジが地球滅亡の日と決めた7/10に地球の最期を見るためにサトル(橋爪 浩一)と3人で旅を始める。塀の外に出ることは禁じられているので塀の上をつたい塀から塀へと旅を続けるという筋の小作品。3人が地球最期の日に目に映った景色とは? CHARAと浅野 忠信がこの作品の撮影中につきあい始め、その雰囲気を感じた岩井 俊二監督がCHARAと浅野 忠信をメインとしたラブストーリに変更したという曰くつき。その後二人は結婚。現在、CHARAは一児の母である。

僕はトレンディ・ドラマと称されるようなTVドラマが大っ嫌いである。あの類のドラマは完全に女の子と話を合わせるために存在する程度としか考えていない。腐ったドラマを見て貴重な時間を潰したくないがためにTVはアンテナを外しているぐらいだ。もちろん、アンテナを付けたら付けたでなんだかんだ言って結局見てしまうからであるが。見れば見たらで結構きちんと見ることができることからも分かる通り、僕がトレンディ・ドラマが嫌いな理由は、大抵の映画ファンとは違い女の子向けにソフィティケイトされたストーリが苦手だというわけではない。苦手ではないしそれなりに嫌いでもない。それは昔書いたエッセイ『○流映画論』で述べている通り、僕にとってあまりストーリは作品の評価に関係ないから。そこまでは譲歩できるとしても、(もちろんストーリも含めてだけど)あれだけダサくて陳腐な映像を女の子と一緒に喜んで観ることが出来る程人間が出来ていないので、自分をイライラさせないためにも見ないことにしているのだ。絶対、トレンディ・ドラマの腐った映像が日本の観客の質を下げている直接的原因だと僕は思い込んでいる。

昨年日本映画界の話題をさらった岩井 俊二監督デビュー作『Love Letter』は何故、あれだけヒットしたのかさっぱり分からない。筋はトレンディ・ドラマでもまぁいいとしても映像美と評価されている作品にしてはやけにTVドラマっぽい映像がいやでいやでしょうがなかった。所詮、日本の女の子には安心して見ることが出来る唯一の邦画なんだろうなと思い、そんな映画でもてはやらされている岩井 俊二監督にもいい印象を持っていなかった。トレンディ・ドラマが嫌いな理由と同様である。少なくともあんな臭いラブストーリを大得意で作っている奴だったらろくな監督じゃないとかなりの偏見を持っていたのは事実だ。(本人が偏見だといっているぐらいで、もちろん極論の暴言です)。もちろん、岩井 俊二監督の作品をほとんど観ているからこそ、そういう風に思っていたのである。『UNDO』だってむちゃくちゃつまらなかった。騒がれているほどたいした人ではないと僕の中で位置付けていた。

だから、そもそもはなから馬鹿にして『PiCNiC』を見るつもりはなかったのだが、ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の最新作『天使の涙』の公開初日、800人もの列ができていたので結局その日『天使の涙』を観るのをあきらめ、しょうがないのでこの映画を観たのである。そんなことでもなかったらきっとこの映画を見逃して、僕の岩井 俊二監督へのすごい偏見はしばらく持続していたことだろう。

今回公開された『PiCNiC』は小作品なので、フジの深夜番組で放映された『FRIED DRAGON FISH』との抱き合わせだった。期待して観ていなかった『FRIED DRAGON FISH』は意外と面白かった。唯一、難点だったのは主演の芳本 美代子は悪くはないが、あまり役のイメージじゃないかな、他の適している人が演じたら面白いかな、っと思った程度で、期待していなかった分だけ結構楽しめた。ということでちょっと僕の偏見も誤解だったかなと考え始めて観たのが本編『PiCNiC』だったのである。

僕が分かったこと。それは岩井 俊二の理想の女性像がCHARAそのものだっということである。実は『FRIED DRAGON FISH』も脚本を書いている時点ではCHARAをイメージして書いて、出演交渉までするもCHARAに拒否されたという経緯があったらしいことを最近知った。それほどまでに彼はCHARAからインスピレーションを受け、CHARAから連想される世界(ようするにこの2作品のような世界)こそが彼の描きたい世界だったんだと確信を持った。

それを考えると、『FRIED DRAGON FISH』を観た時の僕の感覚は的確だった。
CHARAを意識して書いた脚本だけに、やはりあの役(プー)はCHARAのはまり役で、芳本 美代子がどれだけいい演技しても天然の存在力(CHARAのようなスタイルの娘はそんなに存在しないだろう)の前にはキャラクタに違和感が残るのである。僕が芳本 美代子の演技を見て、「演技としては悪くないが、多分監督の書きたい世界とは少しずれているんだろうな」と感じたのも当然である。

PiCNiC』を観て、今まで意図不明瞭だった岩井 俊二という人が始めて理解できた。彼は決して『Love Letter』のような世界だけじゃないということが分かったのである。メジャーデビュー前の作品なのでかなりこの映画は監督の趣向が強く反映しているに違いない。もしかしたら『Love Letter』は単なるヒットをねらっただけのトレンディ・ドラマなのかも。と思わせるほど『FRIED DRAGON FISH』と『PiCNiC』の世界は監督の意思や趣向が明確だ。これが岩井 俊二だったんだ。CHARAが岩井 俊二の世界の住人だったんだ。

そして、岩井俊二の書きたかった世界、CHARAの魅力を最大に引き出した最大の功労者は浅野 忠信だろう(役者としてもプライベートにしても)。彼がいなかったらCHARAが岩井 俊二の期待通りの演技が出来ていたかどうかは彼女だけに微妙だ。浅野 忠信は大林 宣彦監督の『青春デンデケデケデケ』('92)の主役でいい演技をしていた頃から注目していた。テクニシャンなギタリストの役でこの作品のキーマンとなる役をクールに演じ切っているのが若いくせにすごいなと思っていたのだ。その他にも『バタアシ金魚』('90)で主人公のライバル、牛若丸役で若い頃の彼が観ることができる。もう最近では有名な役者になってしまったが、きっと彼にとって『PiCNiC』は当然思い出深い作品だろう。

岩井 俊二は結構期待できる監督かもとこの映画を観終った現在では思っている。とりあえず『スワロウテイル』の出来を観てから判断することにしよう。とりあえず『Love Letter』を観て感動して、次のトレンディ・ドラマの映画版を期待している貴女。貴女の知っている世界が岩井 俊二の全てじゃないことを覚えておいたほうがいいよ。

Report: Akira Maruyama (1996.07.14)


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