’89。西ドイツ。砂漠のハイウェイ沿いにあるぼろいモーテル「バクダット・カフェ」。ある日ふらりとドイツ女ジャスミン(マリアンネ・ゼーゲブレヒト)がやってきた。始め周囲の目は厳しかったが次第に彼女の明るさによってなごんでいく。いつのまにか彼女の存在によって周囲が明るくなり、店は繁盛繁盛し出した。彼女は「バクダット・カフェ」にとってなくてはならない存在になっていった。のだが…
その日、僕はラズベガス空港からロサンジェルス行きのユナイテッド・エアラインを利用した。飛行機が安定飛行に入ると眼下には、砂漠の真中に突如現れた黒いピラミッドが見える。ラズベガスは本当に砂漠のど真中にその周囲だけ派手な建物が密集している街だ。このピラミッドは空港近くのラズベガスの有名なホテルだ。風が強い日はラズベガスの街は砂嵐につつまれる。上空から見るとそれは当たり前で街のすぐそばはもう広大な砂漠なんだから。
UA機はロサンジェルスに続くハイウェイの上空を道に沿うように飛んでいく。ラズベガスの街が切れたあたりですぐにほとんど家が見えなくなった。20分ほど僕は砂漠に写る機影を何も考えずにただ眺めていた。広大な砂漠の淋しい風景を眺めていた僕は、ふと眼下の風景が『バクダット・カフェ』の舞台となったモハーベ砂漠であることに気づいた。
そう、気づけばさっきっから僕の頭の中では『バクダット・カフェ』のテーマ曲 『コーリング・ユー』の悲しいメロディが鳴り響いていたんだ…。映画の舞台通り、その砂漠のハイウェイ沿いの街は生活をしているとすさんでしまうのも分からなくはないぐらい淋しい風景だった。その風景はとっても『コーリング・ユー』の淋しいメロディにマッチしているように思えた。
アメリカのアメリカらしい風景と等身大の生活がこの映画の中にはある。眼下の風景を眺めていた僕は、映画『バクダット・カフェ』の世界が変にエンターテイメントを意識して誇張したアメリカではなかったとこに気づき、改めてこの映画に好感を持った。アメリカ映画ではないからこれだけ乾いた感覚でアメリカを描き切れたのか。
確かに『バクダット・カフェ』は砂漠の真中にあった。
ドイツ女を演じるM・ゼーゲブレヒトの存在感ある演技は秀逸。雰囲気だけでもネバダ州とカルフォルニア州の州境のモーテルの生活を感じて下さい。これが等身大の彼らの生活なんだから。