ある日突然に夫は死んでしまった。産まれたばかりの子供とまだ若い妻を残して。女は数年後に再婚するが、男が何故死んだのか遂に判らずそれは新しい生活に投げられた謎となる。
この映画を僕が見る気になったのは原作が宮本輝だからだ。僕は一時期宮本輝の作品をざーっと読んだことがあって結構気に入っていたのだ。最初の頃に読んだ『泥の河』が印象に残っていた。また『泥の河』は映画にもなったが、これも深夜テレビ放映か何かで見た。
僕は特に彼の短編が好きだったが、そこに繰り返して現れる大阪の下町の生活と、石川県の暗い冬の海のイメージは、この『幻の光』の舞台にもなっていた。大阪で夫を失った女が数年後に子連れどうしで再婚して輪島に嫁いで暮らしはじめる。暗く長い冬が明けて穏やかな春が漸くやって来るが、しかし夫が突然に死を選んだその理由が判らないと言うことが暗い影として女の心に住み続ける。そういう日常を淡々と描いた作品だ。
原作を読んでいないが、恐らくはその雰囲気に忠実に作られたのだろうと思う。冷たくはないが、しかし暗い作品だ。(きっと一週間前に見た『水の中の八月』がまた明るい映像だったからなおさら暗いと思ったのでしょう。)
僕は作品自体を余り良いと思わなかった。一言で言って僕の趣味ではなかったのだ。ただそれだけだ。各種の賞を受けていたりして一般の評価は高い。
それより僕は主演の江角マキコさんが気に入ってしまった。元々モデルさんだそうで、たまに映画に出ているようだ。手足が長く、スタイルがいいのは当たり前なのだが、そんな事より時々彼女が子供のように(正にそう表現するしかない)笑うのだが、それが笑う直前の整った顔立ちと較べて凄くアンバランスで良い。可愛げがあると言うのか。この作品も、彼女のこの笑いで画面がパッと明るくなって救われているところがあると思う。今後の彼女を見ていたいと思った。
因みに突然に死ぬ夫の役を浅野忠信がやっている。僕が彼を最初に見たのは『La Cuisine』というタイトルが付いていたサイコサスペンスタッチの作品だった。深夜テレビでの放映だったので映画だったのかビデオ作品だったのか判らないが、しかし僕はこいつはすごいと思った。凍り付くような温度の狂気を体の中に閉じ込め、それを澄み過ぎた眼が表現していた。共演が芳本美代子という面白いキャスティングだったが作品は出来の良いものだったと思う。
(雑誌では彼の初出演作品は『FRIED DRAGON FISH』だと書いてあった。僕が見た『La Cuisine』もアジアアロワナ(英名ドラゴンフィッシュ)という熱帯魚が物語の鍵を握るものだったから、きっと同じものを指しているのだろう。これより後にもう一つ深夜テレビで見たサスペンスものの主演が彼だったと思ったのだがこれは記憶が定かではない。とにかく僕はこの恐るべき眼をした俳優がそれから気になって仕方がなかった。最近ちょくちょく映画に出ているようで、何だか一安心と言う感じだ。これから楽しみだ。)
『幻の光』の話に戻る。どういう積りかは知らないが、ラストシーンで僕はちょっと驚かされた。主人公が住む小さな海辺の集落を一望に納めるショットの中を新しい夫が子供と遊びながら、画面の中ではそれこそ小さな点となって動いている。劇場のスクリーンでなければ絶対に見えないような大きさだ。僕は劇場で見たから、一緒について回っている犬の走る様子も何とか感じられるが、これはビデオで借りて見たって絶対に判りっこない。スクリーンで見ろよと言っているような気がした。だからという訳では無いが、映画は絶対劇場で見るのが良いと僕は思っている。
※このレビューを書いてから相当経って判ったが、『La Cuisine』はテレビシリーズのタイトルで、その最終話が『FRIED DRAGON FISH』だったようだ。