Cinema Review

眠れる美女

監督:横山 博人
出演:原田 芳雄、大西 結花、鰐淵 晴子、長門 裕之、吉行 和子

睡眠薬を飲まされて眠り続ける若い娘の横で老人達が一晩を過ごせる館。義父に思いを寄せる女は遂に館で義父を待つ。

主演は70歳の老人役である原田芳雄ではなく、27歳と言う実年齢と同じ設定を与えられた大西結花だ。最初僕はポスターで『眠れる美女』を掛けると知ってびっくりし、大西結花が出ると知って二度びっくりした。透明感を期待出来ないと思ったのだ。原作では薬で眠らされて横たわるだけの処女と言うことだから、大西結花のイメージとかなり離れていると思ったのだ。しかし実際には大西結花は原田芳雄の息子の嫁という役で、実質上の主役であった。そしてこのキャスティングは結構当たっていたと思う。大西結花なかなかいいじゃないか。5年目の人妻という設定のある種のアンニュイさと言うか、雰囲気が出ていて、しかしそれが清楚な感じと同居している。途中能面を付けるシーンがあるが、美しいと思った。
僕はこの映画が何となく良いと思ってしまったが、その理由の大半はこの大西結花によっているとおもう。勿論嫁の義父への思い入れの描き込みが足らず展開が不自然に見える等、気になる点はあるがしかし僕は何となく良いと思ってしまった。

この作品は最近では珍しい全編アフレコだったそうだ。確かにそんな感じだったがしかし違和感はない。逆に良い雰囲気を出していたと思う。鰐淵晴子が出ているが、役のせいかちょっと醜悪な感じがした。『悪魔が来たりて笛を吹く』で妖艶な雰囲気を出していたのが忘れられない。

ところでこれ以降は僕の『眠れる美女』への思い入れを書かせて貰う事にする。かなり映画の筋や内容に絡んでしまうのでまだ見ていない人はこれ以降は読まない方が良いと思う。僕の思い入れから見た『眠れる美女』はこの映画とは根本的に違うものなのだ。

川端康成の同名小説が原作となっているが、僕はこの小説をもう何年も前に読んだ。そしてそれが強く印象に残り、そのせいで『眠れる美女』というタイトルのこの作品を見に行ったのだ。しかしどうやらパンフレットによると、『眠れる美女』と『山の音』という川端康成の作品二つを合わせたものだそうだ。僕は後者の作品を読んでいないが、やはり老いを扱ったもののようだ。そして内容的には『山の音』により重きを置いているようだ。
あえて映画のあらすじをある程度書く。女は天涯孤独から老人の息子の元に嫁いで来た。5年目になるが子供は出来ない。息子は女の親友と浮気している。悩む女はしかし老人に惹かれて行く。女は意を決して館の女主人に頼み、そこで老人を待ち、遂に老人の子を宿す。しかし義父と信じたその人こそは実の父だったと判り、老人は自分に絶望する。息子も老人の妻も何も知らない。そういう筋だ。

元々『眠れる美女』の中では、老人が薬で眠らされている処女のもとに金を払って通うという行動が、絶望的なものとして描かれている。処女と老人という二人の人間の、しかし非人間的な関係である。薬で意識を喪失している処女と、男で無くなりつつある男の、絶望的な関係だ。そして死の臭いも付きまとう。老人の知人が館で死んでいる。眠らされている女も事故で一人、老人の横で死んでしまう。老人は自分にも死が近付いていることを毎日感じている。ここでは絶望が支配しているのだ。
僕は前後不覚に眠りに落ちている美しい処女に、絶望の淵の底の冷たい光のイメージを感じていた。死んだ光、絶望の光だ。それを『眠れる美女』の美しさだと思っていた。
映画に僕が期待したのはこの光だったのだ。果たせるかなそれは外れてしまった。

映画ではもっと違うものを描いている。それはそれで良いのだが、しかしそれは僕に取っては『眠れる美女』の話ではない。

Report: Yutaka Yasuda (1996.03.02)


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